
数十年前、我が家に来てから、今日まで、よく働いてくれた、ピアノの最後の勇姿です。
明日、このピアノと引き換えに、いよいよ、新しいグランドピアノがやってきます。
私と弟と母と、最大で、1日3人が、とっかえひっかえ、ヘタくそな練習曲を、つっかえつっかえ弾くのに、文句も言わずに、よく付き合ってくれました

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それでも、家族の中で、一番、このピアノを大事したのは、母でした(一番、邪険に扱ったのは、きっと、私です

)。時間を見つけては、感謝の言葉をかけながら、ピアノを磨いていました。そのためか、アップライトのピアノにしては、いい音を奏でてくれました

。母なくしては、このピアノは、ありませんでしたし、きっと、母にとっても、縁あって我が家にやってきたこのピアノは、特別な存在だったにちがいありません。
小さい頃、ピアノが上手な、学校の音楽の先生に憧れて、ピアノが弾けるようになりたいと思いつつも、裕福な生まれでなかったので、ピアノが習える環境にありませんでした。そうして、大人になり、結婚をしてから、夫に買ってもらったのが、このピアノです。母にとって、ピアノは、子供の頃からの夢そのもので、誰よりも思い入れがあったのです。
実は、私にとっても、このピアノは、つかず離れずの距離にいる、気のおけない存在であり続けました

。
練習嫌いで、何時間もピアノの前に座るのが、本当に苦痛だったことがあります。一度、とてもイヤな思いをして、ピアノをまったく弾かなくなったこともありました。それでも今、ピアノの演奏会に行ったり、CDを楽しく聴けるのは、このピアノのおかげで、私のホーム・ポジションだと思っています。
そして、最後に、今は亡き弟にとっても、ピアノは、心に引っかかる存在だったようです。遺品の中に、自筆の履歴書があり、趣味・特技の欄に「ピアノ」と書かれていました。履歴書に書けるような趣味はなかったようなので、かろうじて搾り出した単語だったのかもしれません。振り返れば、誰かにピアノを褒められたわけでもなく、発表会の本番で失敗して、自分も泣きそうなのに、さらに父に泣かされたりしたこともあって、一見、ピアノには、いい思いがないようにみえたので、この事実は、家族にとっては意外だったのです。
今思うと、一時期、突然、過去の発表会で弾いた曲を、ずっと練習していたときがありました。そのとき、何が彼を動かしていたのか、今となっては不明です。でも、我が家は、たえず、ピアノの音に囲まれていたので、彼にとって、ピアノは遠い日の花火ではなかったのかもしれません。
こうして、家族3人の思いを詰め込んだまま、このピアノは旅立っていきます。
今まで、本当に、ありがとう。そして、おつかれさまでした

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