
かつて、シューマンの曲特有の甘い旋律が、苦手だったときがありました

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シューマンは、指を痛めてピアニストを断念してから、主に、評論や作曲の分野で活躍し始めました。そのなかで、まるで、美形アイドルを次々と世に送り出す、ジャニー喜田川さんのように、ショパンやブラームスの若い才能を見出したことは、後世に大きな功績を残したと言っていいと思います。でも、シューマンの評論の読後には、曲を聴いたときに残る甘さのようなものがあって、それが引っかかっていました。ショパンは、シューマンの賛辞に躊躇していたようなのですが、それも少し分かるような、そんな雰囲気がある気がしていたのです。
最初に、私の偏見を壊してくれたのは、エフゲニー・キーシンさんのピアノでした

。とあるリサイタルのアンコールで、
『ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26』の
『インテルメッツォ』を聴いたときです。そのとき、例によって、7曲もアンコールを弾いてくれたのですが

、その中で、イチバン印象に残りました。それから、CDで
『幻想曲 Op.17』を聴いたとき、甘ったるいだけだと思っていた旋律が、とてもドラマチックに展開していて、深みがあることに気づかされたのです。それから、何度も聴きたくなって、繰り返し聴いていたものです

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そして、今日。ハンス・マルティン・シュナイトさん指揮、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の、シューマン作曲
『交響曲 第2番 ハ長調 Op.61』を聴きに行ってきました。演奏される機会が、あまり多くない曲なのですが、第1楽章を聴き始めたときから、ドキドキが止まりませんでした

。何かが始まりそう。でもなんだか分からない。そして、その「何か」は、第3楽章で、いっきにやってきました。それは、極上のスイーツのようでした。甘いけれど、味わい深い。私にとって、このうえないシアワセなひとときが過ぎていきました…

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前半のプログラムが、小編成のオケの、ブラームス作曲
『セレナード 第2番 イ長調』だったので、余計に大編成のオケの音に惹きつけられたのかもしれません。演奏会終了後も、もう一度、聴きたくなって、家にあるCDを聴いてしまいました。でも、オーケストラの生演奏には、かないませんね。
次回は来月なのですが、シューマンのプログラム・シリーズは、最終回です。悔いの残らないよう、極上のスイーツを、存分に味わって来たいと思います。
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