最近、某携帯会社のCMで、ショパンの曲がかかっていますね。大雨の夜に女の部屋のドアを叩く男。そして、「好きなんだ」と、突然、告白します。でも、その女性が好きなのでなく、「うた」が好きという告白でしたというオチ。一定の料金を払えば、指定のサイト内で、音楽を携帯にダウンロードし放題できる…という、アレです
 CMの内容とあまりリンクしていない気もするのですが、ドラマチックな雰囲気を出すのに使われたのでしょうね。特に洋楽は、エッチな内容の歌なのに、さわやかなイメージのCMに使われていることがよくあるので、深く考えない方がいいのかもしれません。なんにせよ、この『ノクターン 第1番 変ロ短調 Op.9-1』は、これまでこういうところに登場したことが、あまりなかったので、純粋に嬉しい気持ちでいっぱいです
 その他には、少し前のことなので、覚えている方は少ないかもしれませんが、雑誌『ゼクシィ』が創刊するときのCMで、『ノクターン 第17番 ホ短調 Op.25-5』が流れていませんでしたか? あのとき、そのCMがテレビに映るたびに、反応していた記憶があります。自分で聴こうと思っていたのではなく、思いがけなく耳にすると、なんだかトクした気分になったりして…。
 そのうえ、1日の終わりに見たときは、すごくホッとしてました。ノクターン(夜想曲)だからなのでしょうか。『ノクターン 第1番 変ロ短調 Op.9-1』も、『ノクターン 第17番 ホ短調 Op.25-5』も、夜が似合います
 ショパンのノクターンは名曲揃い(弾くのは難しいのですが…)。これからまた、どんなCMに使われるのか、楽しみに待つことにします。できれば、夜に似合うCMで。
  
 浜スタで、中日×横浜戦を観戦してきました
 横浜で生まれ育ったからというワケではなく、横浜ベイスターズのファンなのですが、浜スタで野球を見ているとき、横浜在住でよかったと思います。一時期、東京に住んでいたことがあるのですが、電車で30分〜1時間で着いてしまうにもかかわらず、故郷が一番落ち着くのは何故なのでしょうか
 ショパンは20歳のときに故郷のポーランドを旅立ち、亡くなるまで帰ることはありませんでした。亡くなる間際、ポーランドから駆けつけた姉に、ショパンは、死んだら自分の心臓をポーランドへ帰してほしいと頼みます。
 今も、その心臓はワルシャワにある聖十字架教会に保管されていて、ポーランドへ行ったとき、この教会を訪ねました。教会に入ると、鋭い刃物で身を切られるような張り詰めた空気を感じました。神聖で近寄りがたい雰囲気が、そうさせたのかもしれません。心臓が保管されている柱の前に立ったとたん、ずっと行きたいと思っていた場所にいるという感動と、いろいろな思いが、ないまぜになって涙が出そうになったものです
 ポーランドは、ロシア、プロイセン、オーストリアによって、一時期、国土を無くしていたことがあります。ショパンの時代も、ロシアの支配から抵抗しようとして、蜂起が起きました。友や大切な人たちが戦う姿を、異国から見守ることしかできなかったショパン…。
 そんなショパンを思いながら、今日もホームタウンで生活できる幸せをかみしめています



 今晩の『ゲツヨル』をご覧になった方、いらっしゃいますか
 新聞のラテ欄の「クラシックブームの理由」という見出しにつられて、思わず見てしまいました。
 その中で、先日、デビューコンサートを見に行った、外山啓介さんが出演されていたんです。時間的には、ほんのちょっとしか放送されなかったので、それが残念でしたが…。その中で、外山さんが、ショパンを弾くとき、ショパンがのり移ったと思って弾いているというようなことをおっしゃっていました。
 ショパンは、かなり苦しんで、名曲たちを作り出していったそうです。だからこそ、その曲を弾くとき、ショパンのことを意識するという気持ちは大切にしなくてはいけないのかもしれません。
 私の家のピアノの上には、ショパンさんがおりまして、ピアノを弾いていると、たまに視界に入ってくることがあって、私の演奏をショパンさんはどう思ったか気になったりしてます。最近は、本当にピアノを弾いていないので、今の演奏を聴いたら、かなりお嘆きのことと思いますが…
 このショパンさん、以前にポーランドに行ってきたときに、ショパンの生家で売られていたものです。ショパンの生家に行くなんて、最初で最後かなと思い、気持ちが舞い上がって買ってしまったので、買ったことを後悔したことも…。今となっては、すっかり、ピアノの上の住人のひとりとなりましたが。
 我が家のピアノの上には、ショパンさんだけでなく、他にもいろいろ置いてあります。それらは追々、ご紹介していくとして、家にピアノがある方は、どんなものが置いてありますか
 

癒しの場所



 
 GWは、草津温泉に行ってきました
 1日目はお天気に恵まれてテニスができたし、ソメイヨシノではなかったけれど桜が見れて、楽しい旅行でした。
 草津温泉は初めて行ってきたのですが、体をこすってはいけないんですね。私が泊まった宿の浴場に入ったら石鹸がないので、探してしまいました。また、カラスの行水でいいみたいで、指先がしわしわになったら、入りすぎなくらいだそうです
 さて実は、ショパンも温泉へ行ったことがあります。
 ショパンは結核で亡くなるのですが、その兆候は若い頃から現れていて、16歳の頃、病弱だった妹のエミリアと一緒に、チェコとポーランドの国境近くのライネルツ温泉へ湯治に出かけています。でも、当時の温泉は、今のように湯につかるのではなく、温泉の水を飲んでいたようです
 また、温泉地は娯楽施設があり、演奏会が行われていて、ショパンも亡くなった湯治客のために慈善演奏会を開いたという記録が残っています。それにちなんで、現在も、ショパンフェスティバルが開かれていて、マスタークラスやコンサートが行われているそうです。
 機会があったら、一度、行ってみたいものです
 ショパンにまつわるミステリー。
 そのひとつが、誕生日です
 実は、ショパンの誕生日、今日、3月1日という説と、2月22日という説があり、生まれた年も、1810年と1809年と2説あります。
 ショパンやショパンの家族、友人は、1810年3月1日がショパンの誕生日として、お祝いしていたようです。しかし、ショパンの生地で見つかった洗礼簿には、1810年2月22日と記録されています。また、ショパンの父による、ショパンの作品に書かれたショパンの年齢を見ると、1809年に生まれたのでは、とも考えられるのです
 また、現在、ショパンの心臓が収められているワルシャワの聖十字架教会の碑文は、教会の洗礼簿説をとって、第二次世界大戦後に「1810年2月22日」に書き換えられたそうです。結局、現在も、いつショパンが生まれたのか、はっきりとした裏づけができる資料が見つかっていないため、真相は闇の中…
 でも、私は、あえて、3月1日に、ショパンの誕生日をお祝いすることにしました。たとえ事実と違っていたとしても、やっぱり、ショパン自身が思っていた日の方が、ショパンも嬉しいことでしょう。
 ハッピー・バースデー、ショパン
 さて、皆さんは、どの説が真実だと思いますか?  

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