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 最後の1本は、『ベルリンフィルと子どもたち』です。
 2003年、ベルリン・フィルが演奏する、ストラヴィンスキーの『春の祭典』で、8歳から20歳前半までの、250人の子どもたちが、ダンスをするというプロジェクトが行われました。
 250人という人数をまとめるだけでも、タイヘンなことだと思いますが、ほとんどが、クラシック音楽もダンスも初めて…という子どもたちばかり。それに、参加者の多くは、さまざまな事情で、さまざまな国からドイツに移民してきたという背景を持っているとのこと。プロジェクトの提唱者である、サー・サイモン・ラトルさんだけでなく、ダンスの振り付けを担当した、ロイスティン・マルドゥームさんたちスタッフの熱意なくては、実現しなかったかもしれないと思いました。
 ダンサーの中に、右手にタバコ、左手にキャンディーを握っている子がいて、あとになっても、目に焼きついて離れませんでした。映画の中に写るベルリンの街は、なんだか殺伐としていて、そのなかで、この子ども達は生活しているのだなと思ったものです。そんな彼らが、やがて、ひとつの同じ目標に向かって、だんだんと進みはじめていくのですが、その姿を見ると、やはり熱いものを感じます
 「やればできる」
 大人数の中で、周りと合わせつつ、自分を出していくダンスを通じて、今で自信をなくしていた子どもたちは、そう実感したにちがいありません。
 本番が終わったら、もう、ダンスをすることもないと思うと、なんだか寂しいと言う子もいて、見ているこちらも、同じような気持ちになったりしていました。
 サー・サイモン・ラトルさんが、子どもたちに、
 「人生は常に何かに挑戦するものだ。じっと受身でいるのではなく、行動すること」
 と、教えたいとおっしゃっていましたが、その気持ちを受け止めた子どもは、少なくないのではないでしょうか。
 そして、私自身も、ここのところ、受身になっていて、そういう気持ちを忘れていたな…と、ちょっぴり反省しました(ひと晩寝たら、忘れてしまいそうですが…)。
 こうして、ベルリン・フィルのドキュメンタリー映画鑑賞マラソンは、終了したワケですが、奥が深くて、1度見ただけでは、まだ、何かつかめていないような気がしてなりません。機会があったら、もう1度観たいです。1日24時間では、やっぱり、足りないですね
最高のハーモニー

 2本目は、『ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて』です。
 『帝国オーケストラ』と同じく、ベルリン・フィル創立125周年(!)を記念して作られました。2005年秋に、北京、ソウル、上海、香港、台北、東京とまわった、ベルリン・フィルのアジアツアーを追った、ドキュメンタリーです。
 オーケストラの魅力は、人それぞれ感じるところが違うと思いますが、私にとっては、なんといっても、ひとつひとつの楽器が、それぞれの役割を果たして、大きな音の流れになっていくところでしょう
 この映画の中で、ベルリン・フィルの首席指揮者・芸術監督のサー・サイモン・ラトルさんは言います。
 「ベルリン・フィル独自の音には、理由がある。
  調和こそ、私の求めるものだ」
 …と。
 団員さんたちのインタビューでは、それぞれに、コンプレックスや問題を抱えながら、自分の思いを楽器に託しているという言葉が多く聞かれました。自分に自信がなかったのに、楽器を始めてから変わった人、吃音を克服するために楽器を始めた人、音楽に没頭しなければならないけれど、家庭と両立の難しさに悩む人…。クラシック界のエリートコースをまっしぐらに進んできたと思いきや、皆それぞれに思いを抱えながら、日々、厳しく、ベルリン・フィルの一員としての音楽を追求していて、それが、最高のハーモニーにつながっているのですね
 また、カメラは、映画の冒頭からラストまで、ベルリン・フィルの入団テストを受けた、候補生4人も追いかけていました。結果を待つ間、ずっと全力疾走し続け、それでも、その努力が報われるかどうか分からないという厳しさ。その厳しさを乗り越えた後には、ベルリン・フィルの伝統を受け継ぐために、センパイから、みっちりとしごかれる。そうして、古い風と新しい風のせめぎあいの中から、また、素晴らしい音楽が作り上げられていくのでしょう
 オーケストラは、生身の人間、ひとりひとりが作ってゆくものなのですね。
 これから、ますます、オーケストラを聴くのが、楽しくなりそうです。
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 今年に入ってから、去年、見逃した映画を、思い出したかのように、見ています。なんとなく、そのうち、テレビでやるかなと思って、そのままにしていたのですが、やっぱり、映画は、映画館で見るものですね
 神奈川新聞を読んでいたら、ベルリン・フィルもののドキュメンタリー映画3本が、新百合ヶ丘の川崎アートセンターで上映されるというのを知り、1日を潰す覚悟で、行ってきました
 まずは、『帝国オーケストラ ディレクターズカット版』。この映画は、第二次世界大戦前後に、ベルリン・フィルにいて、今もご存命の、2人の元団員さんや、今は亡き団員さんの家族のコメントをもとに作られた、ドキュメンタリーです
 ヒトラーは、民衆の心をつかむために、音楽を利用したといいますが、ベルリン・フィルもまた、そのひとつでした。ナチ党がらみの演奏会に出演し、楽団員は、兵役義務を免れ、特別な待遇を受けていたので、「ナチスのオーケストラ」と批判されたりもしていました。
 映画「戦場のピアニスト」のシュピルマンさんは、第二次世界大戦が終わるまで、ピアノを弾くことができませんでした。音楽家なのに、音楽を奏でることができなくなるというのは、想像を絶するものだったと思います。でも、音楽を続けることができた側にもまた、それぞれに思うことがあったのだということが、それぞれの人の証言から、伺い知ることができます。
 終戦間際、戦争で負傷した兵士たちのための慰安演奏会や、終戦後に、ナチに演奏を反対されていた、メンデルスゾーンとチャイコフスキーの曲をプログラムにした演奏会が行われたそうです。不本意とはいえ、戦争に協力してしまった団員たちが、まるで、ひとつひとつ、音楽で償いをしているかのように思えました。ベルリン・フィルの音楽で、戦争で傷ついた人たちの傷も、少しずつ、癒えていったにちがいありません
 映画の中で、フルトヴェンゲラー指揮のベートーヴェンの交響曲など、当時の演奏会のフィルムが、たびたび使われていましたが、純粋に音楽として、名演だと思います。ヒトラーは、自分の生誕式典でさえも、こういった演奏会に顔を出さなかったとのことですが、もし、耳にしていたら、歴史はどうなっていたのだろうとも思います。やはり、何も変わらなかったのでしょうか
 

月の光に癒されて

 小さい頃に通っていたピアノ教室に、家にピアノがなくて、ピアニカで練習をしながら通っている子がいました。発表会で、その子のピアノを聴いたとき、ミスが少なく、驚いたものです。同じ学年ではないことと、レッスンの日が違ったので、その子がピアノ教室を辞めたことを、かなり後になって知ったのですが、今はもう、弾いたりしていないのかなと、ふと思い出すことがあります。
 リストラされたのに家族に言えないで毎日をもてあましている父、手作りのドーナツを作っても相手にされない母、ほとんど家に帰らず、ある日突然、アメリカ軍の派遣兵になるため家を出ていった大学生の長男、ピアノを習いたいのに反対され、給食費を内緒でピアノ教室のレッスン費にあてて、こっそりとピアノを始める次男。映画『トウキョウソナタ』は、そんな家族の物語です
 ずっと観たいと思いつつ、機会を逃していたところ、大晦日に、六本木シネマートで上映されていることを知り、トリオ・リベルタのカウントダウンライブの前に、チェックしてまいりました
 悪いクセで、次男がピアノを習うきっかけになったピアノ教室は、ピアノ部屋が通りに面していて、思いきり音もれしていたりしたのですが、いくらなんでも、近所の方にご迷惑では…? とか、才能があるとはいえ、音大付属中学の試験の準備は1年足らずで、間に合ったのかな…とか、つらつら考えてしまいました。まっ、映画の中のことですから…。
 それでも、ピアノを習うのを反対されて、拾ってきた、音の出ないキーボードで、ピアノの練習する次男に、かつてのピアニカで練習していた子の姿を重ねていました。そして、そんな次男が、中学受験の試験会場で奏でる、ドビュッシーの『月の光』は、この物語に、ひとすじの光を与えてくれるのでありました
 内定取り消しや解雇問題を、毎日のように耳にする不景気の今、リストラされた父親の姿は、痛かったです。リストラされるときや、希望の再就職先の面接で、「あなたは、我が社のために何ができますか」と言われ、口ごもる父。そして、「なんでも受け入れようとしているのに…!」と、苛立ちを口にするシーンが印象的でした。
 今も、同じ思いでいる人も多いことでしょう。「なんでも」ということは、イコール、売りがないと捉えられてしまうものなんですよね。それに、「受け入れる」というスタンスも、マイナスだったり…。就職が決まらないというのは、自分の居場所を認められていないようで、結構、キツイ事実なものです。それを、『月の光』が、やわらかく包み込んで、新しい一歩を踏み出す勇気を与えてくれるような気がしました。
 改めて、『月の光』、名曲ですなぁ…。 
 
 ライラックの花は、ふつう、先が4つに分かれているのですが、稀に、5つに分かれているものがあって、それを黙って飲み込むと、願いが叶うそうです。その言い伝えは、ラッキー・ライラックというのですが、それを初めて知ったのは、小さい頃に読んだ少女マンガ、あさぎり夕さんの『あいつがHERO』の中でした。
 主人公の初恋の人は、大好きな童話に出てくる「ライラックの君」。でもそのライラックの君には実在のモデルがいて、それは、自分のとても身近にいる人だった…というように、ライラックは、物語のキー・アイテムとなっています
 現在、公開中の『ラフマニノフ ある愛の調べ』で、ラッキー・ライラックのことが触れられていたので、ふと、このマンガのことを思い出しました。映画でも、ライラックが、要所要所に現われます。主人公ラフマニノフの回想シーンで登場する、小さい頃に住んでいた家の庭にはライラックが咲き乱れていたし、初恋の人に贈っていたのは、決まってライラック。名曲、『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調  Op.18』 が生まれたときも、そばにライラックがありました。そして、有名になったラフマニノフの演奏会には、いつしか、贈り主不明のライラックの花が届くようになるのです。ラストで、贈り主が誰なのか、分かるのですが…
 印象的なシーンがある映画は、人気が高いという記事を読んだことがあります。この映画が好きだと思う人は、そういうシーンが必ずあるのではないでしょうか。とにかく、画がキレイで、特に、ラフマニノフの子供時代の家のシーンには、うっとりしてしまいました
 ちなみに、私のお気に入りは、その家で、ラフマニノフが、自分を支えてきてくれた従姉妹に、プロポーズするシーンです。従姉妹との思い出が詰まったその家は、もう、自分の家ではありません。ラフマニノフが子供の頃、家が破産してしまい、手放してしまったからです。それを踏まえたうえでの、
 「いつか、この家を取り戻して、一緒に住もう」
 …と、ラフマニノフが言うのです。オンナとして生まれたからには、ぜひ、言われてみたいものです。年甲斐もなく、そう思ってしまいました
 もし、おもしろそうだなと思われた方は、ぜひ、観に行ってみてはいかがでしょうか。上映している劇場は、あまり多くないのですが、お家でDVDを観るよりも、映画館のスクリーンで観ることをオススメします。

<『ラフマニノフ ある愛の調べ』 公式Hp>
 http://rachmaninoff.gyao.jp

 

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