今年の、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、参戦日です

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本日1日、ラ・フォル・ジュルネの名前のごとく、熱狂して、満喫してきました。
まずは、映画。ドミニク・ド・リヴァ監督の『私の名前はバッハ』。
バッハの伝記映画で、日本初公開ということだったので、それだけで、観に行ったら、なんと、セリフはドイツ語で、字幕は英語でした

。よくよくパンフを見ると、ちゃんと書いてあったじゃないですか…

。よく読め、私!
英語は苦手じゃないですが、なにせ、字が消えるのが早くて、最後まで読みきれませんでした

。映画を観て、理解できたのは、バッハは、カツラをかぶっていないときは、髪を短く刈り込んでいたことと、初めてフォルテピアノを弾いたのが、フリードリヒ大王の宮廷だったということくらいでした。
父に虐げられてきたフリードリヒ大王と、息子にふがいなさを感じていたバッハが、まるで、お互いを理想の親と子とまで思うようになる、心の交流が描かれているとのことで、ちゃんと内容が理解できたら、もっと感慨深かっただろうにと思うと、残念でなりません…。どうか、戸田奈津子さん、翻訳して、劇場公開してください! …と、あくまで他力本願

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続けて、同じ場所で、音楽ライターの柴田克彦さんの、バッハの生涯を辿る講演会。バッハは、10歳で両親と死別している苦労人だったんですね。でも、最初の奥さんとなる、幼なじみと婚約中に、何人かの女性とのウワサも…。バッハ、やりますね

。今も昔も、音楽の才能があるヒトは、モテたのでしょうか。
講演会が終わるとすぐに、また、映画を観ました。
先着順の入場なので、講演会の途中から、講演会に行かなかったヒトが並んでいて、会場に入れるか、ギリギリのところでしたが、なんとか、すべりこみセーフでした。
でも、内容は、ビミョーでした。アンドレイ・タルコフスキー監督の『鏡』という映画で、監督の自伝的映像詩ということだったのですが、時の流れが過去になったり、現在になったり、めまぐるしく変わって、それぞれのシーンのつながりが、よく分かりませんでした(あえて、つなげていないのでしょうか…)。最後は過去と現在が、一緒になっていたみたいだし、誰か、私に、解説してくださ〜い…というありさまで…

。でも、家の前に広がる草原とか、映像はとってもキレイでした

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そして、有料公演へ突入です。
初めは、児玉麻里さんと児玉桃さん、シンフォニア・ヴァルソヴィアによる、バッハの
『2台のピアノのための協奏曲 第1番 ハ短調 BWV1060』と、
『2台のピアノのための協奏曲 第2番 ハ長調 BWV1061』。さすが、姉妹の息のあった演奏で、エイキサイティングな演奏でした。譜めくりのヒトと、あまり息があわなかったようで、途中から、ご自分で、楽譜をめくっていらっしゃいました。譜めくりって、難しいんですよね…。
最後の1曲は、小曽根真さんも加わって、
『3台のピアノのための協奏曲 第1番 ニ短調 BWV1063』。小曽根さんの、クラシックを弾きつつも、ジャズのアドリブを思わせるような演奏が、とてもよかったです。初めて、間近で見たので、指の形までよく見えたのですが、ちょっと独特で、それがまた、オリジナルの音色を紡ぎだす弾き方なのかなと思いました。
そして、本日最後の公演。
ジャン=フレデリック・ヌーブルジェさんのピアノによる、バッハの曲の編曲ばかりを集めたプログラムの演奏会です。
この公演のハイライトは、やっぱり、
『無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004 よりシャコンヌ』でしょうか。ふだん、よく耳にするのは、ブゾーニ編曲のほうだったのですが、今回は、ブラームスの編曲版。同じ曲なのに、編曲した音楽家のクセのようなものが現れていて、印象が違って聴こえました。でも、やっぱり、シャコンヌなんですよね。オリジナルが死なないというか。改めて、原曲のもつ強さを感じました

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朝から夜更けまで、バッハづくしで、楽しい1日でした。
来年は、とうとう、ショパンがテーマ。毎日、通ってしまいそうで、コワイです

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